現在大ヒット中のアニメ映画「この世界の片隅に」の原作漫画についてのレビューです。
この世界の片隅にについて
作者:こうの史代
巻数:全3巻
どんな物語なのでしょう?
絵が上手で、ほわんとした感じのすずさんは北條周作さんちへ嫁入りして呉市の北條宅で、周作さんと義理の両親、義姉とその子と一緒に暮らします。
戦時中でも逞しく生き抜く庶民の生活の詳細を、涙あり笑いありで綴った珠玉の作品です。
繰り返し読み、その都度新たな発見がある物語
もともとこうの史代さんの作品は好きでほとんど読んでいますが、その中でもこれは傑作です。「よくぞ描いてくれました」というのが正直な感想です。
彼女の絵は柔らかでやさしく、でもいわゆる少女漫画のように目玉お化けでもなく甘さがありません。
太平洋戦争、あるいは大東亜戦争をテーマにした作品はどれも「日本悪し」のイデオロギーが前面に出ているものが多く辟易するのでほとんど読まないのですが、これは違います。
当時を今の価値観で上から目線で声高に断罪するのではなく、当時の日本人の目線に立って、すずさんを通したあの生活を、静かに淡々と浮かび上がらせています。戦争に限らず、他のいろいろなことでも、今時の何でも「権利」「権利」の大合唱ではなく、ただ「現実」を受け入れ、その中で自分なりに工夫をし精一杯生きていく。昔の日本人の姿は清々しくさえあります。
昭和天皇の玉音放送を聴いて、日本の敗戦を知ったすずさんは「最後のひとりまで戦うんじゃなかったんかね?」「まだ左手も両足も残っとるのに!!」「うちはこんなん納得出来ん!!!」と怒りをぶちまけます。
この国から正義が飛び去って行く…。これが当時の、多くの人の本当の想いだったんだろうな、と思います。なぜなら自分がその場にいても同じことを思っただろうから。「過ちは二度と繰り返しません」だの「日本軍国主義が悪かった」などという考えが出てくるはずがありません。
必死に欧米列強植民地主義と戦っていたのに、突然「日本が悪かった」などとなるはずがない。人の感情の自然な流れとしてあるはずがないのです。初めて、心から共感でき、すずさんと一緒になって、負けた悔しさに涙しました。
特筆すべきは、すずさんの知り合い、昔の周作さんの想い人だった娼婦のりんさん。彼女はもうひとりの主人公と言ってもいい重要な存在です。子だくさんの貧乏家庭に生まれ、子守として売られ、そこを飛び出し街をうろついているところを人買いに連れられて娼婦館に売り飛ばされ、そこで娼婦といて生きています。
現実を受け入れ、誰のせいにするでもなく、その中で哀しくも逞しく生きていく。最後は死んでしまうのですが。彼女は小学校も出ておらず文字もろくに書けないのですが、その彼女の発する何気ない一言が心に染み入ります。
欲の皮の突っ張った現代に生きるひとりとして自分が情けなくなってきます。
たとえば「子供でも売られてもそれなりに生きとる。誰でも何かが足らんぐらいでこの世界に居場所はそうそう無うなりゃせんよ」
今時こういう言える人がいるのでしょうか?誰に責任を押し付けるでもなく、黙々と与えられた場所で生きていく。あの世代の、そういう人を私も知っています。私も、すずさん同様「敵わない」と思います。
こんな人におすすめ
この作品はすべての日本人に読んでもらいたい、いえ、読むべきだと思っています。学校図書にしてもいいくらい。
静かに綴られていく、今よりずっと不便であった、またそれゆえにずっと濃密であったろう戦前戦中戦争直後の生活のひとこまひとこまに、誰もが、それぞれの感じ方で、感動する何かを見つけることができるでしょう。