飛ぶ鳥落とす勢い、発表する作品が軒並み映像化されている、今最も人気のある少女漫画家東村アキコの自伝マンガです。
かくかくしかじかについて
作者:東村アキコ
巻数:全8巻
あらすじ
宮崎県の田舎の女子高生のアキコの夢は少女漫画家になることです。
お調子者のアキコは、美術部に所属し、学校の先生からもいつも褒められているため、するっと東京の美大に入ることができると楽観視していました。
しかし友人の二見から、美大受験はそんなに甘くないと知らされ、彼女の通っている絵画教室に入ることになります。ここで恩師でもあり、この物語のキーマンとなる日高健三先生に出会います。
物語は、時折、先生と呼びかけるモノローグが入ります。それが先生との距離を感じ、切なさを感じます。ずっと褒められてきたことで自意識過剰で自信満々だったアキコは、日高先生から開口一番「下手くそ」と言われて、大きなショックを受けるも、その出会いから教室には足かけ8年間通うことになります。
感想
基本的には東村アキコのハイテンションさとコミカルさがあり、読みながら笑ってしまうところも多々あります。だからこそ、一話ごとにある余韻あるモノローグのシリアスさが引き立ち、一体どうなるのかと先が気になるのです。
成功している人たちは光が強く、とりわけ東村アキコの作風は底抜けに明るい作品ばかりなので、とんとん拍子にやってこられたと思っていたのですが、決して平坦ではなかったということが描かれています。
多浪生が多い国立の美大に現役で見事合格したアキコは、友達もたくさんいて、バイトして、遊んでと、楽しいキャンパスライフを送ります。しかし全く描けなくなります。その状態だったため、4年間は地獄だったと表現されています。
2巻の金沢で遊び呆けて先生を避けているアキコの元に宮崎から訪ねてくる先生とのやりとりがあります。私にとって、このマンガの中で一番読みたくないエピソードでもあります。東村先生同様、わー!と叫びたくなります。
若い頃のとがっていた時代は、人とのつながりを雑に扱いすぎているということを突きつけるからです。自分を大事に思ってくれる人をむげに扱ってしまったことは、誰しもが大なり小なりあると思います。
大人になると、そのバカさ加減に恥ずかしくて死にそうになるので、日頃封印しているような思い出です。そんな忘れたいのに決して忘れることができない黒歴史をこじ開けにかかってくるエピソードなのです。読んでいて、シンクロして苦い気持ちになるので、読み返していても、そこだけ飛ばしています。
3巻では美大を卒業し、故郷に戻ってきます。漫画家になる夢どうしたんだと思うのですが、ようやくここにきて物語は進みます。この巻は何か夢はあるけれど、実現するために何もしていないという人は是非読んでほしいです。誰にも負けないほど強い夢やビジョンを持っていても行動しなければ、ただの妄想に過ぎないということを教えてくれます。夢を掴んでいる人と掴んでいない人の分岐点がここにあります。
このマンガは大人になった人ほど突き刺さります。
振り返ると若いというだけで無限の可能性があるのに、その贅沢さに気付かずに浪費していたことが、つぶさに表現されているからです。もちろん学生でも胸に迫ると思います。
しかし、はちきれんばかりのエネルギーをうまく使いこなせないアキコの不器用さにハラハラしてしまうのは、自分もそうであったと冷静に自覚できるほど、青春時代が遠くなった大人だからこそです。
自分が逃げたと思っても相手には相手の生活があり、縁を断ち切らない限りは、いつでも元に戻せます。実際、アキコが罪悪感を覚えるほど、先生は深く捉えてはいなかったのではないでしょうか。
お涙頂戴の感動マンガではなく、どちらかと言えば、青春時代の苦い思い出話です。ただ、晩年の先生が他の生徒に送った言葉に全てが詰まっていて、万感の思いが胸いっぱいに広がり、うっかり涙が出てしまうのです。
あんな不器用な青二才には戻りたくないと思いながらも、その時代があるから今の自分があるということを再確認できるマンガです。